私は反オリンピックの気持ちを持っていますが、それでも一部の競技は(たまたまにしても)見たりしましたし、情報としては周囲に多く存在して、どこか避暑地などでネット等も遮断していないかぎり、基本的には誰でもどこかしらでオリンピックのニュースに触れたのではないでしょうか。
この件(下記、記事1)も非常に話題となりました。私の周囲では、やはり反オリンピック、あるいは近い考えを持つ人が多いのですが、子どもたちはそうした隔絶した環境がない限り、オリンピックのさまざまな情報を見聞きしています。
子どもたちに、ジェンダーとは、公平とは、この機会に伝えるツールがもっとあってほしいな、と思いました。
先日、雑誌『地平』3号に寄稿した書評は「子どもたちへいかに戦争という情報を伝えていくか」という視点での書店近景と本の紹介を行いました。
(紹介した本は『戦争のかけらを集めて』図書出版みぎわ、太平洋戦争体験者不在の時代の歴史継承についての本です)
もちろん、まず大人同士で、自分たち・あるいは過去の負の遺産をなるべく減らしていくことが重要で、そういう意味では大人たち・大人同士の語りを無視するつもりはありませんが、「未来世代へいかに伝えていくのか」、そのことを常に頭に置いています。
その観点からは《記事2》について、「従来型の平和教育による「記憶の継承」は、限界が明白になりつつ」ある、という指摘も『戦争のかけらを集めて』で提議されていることとあわせて非常に興味深いものでした。
《記事1》
【ボクシング女子、性と出場資格めぐる議論 「公平性」模索の歴史】
https://digital.asahi.com/articles/ASS824QVRS82OXIE02HM.html?ptoken=01J59WJW7011FMSKYQ7TS6TZ2V
プレゼント機能を使いました(2024年8月16日11:00頃まで機能)。ぜひこちらの記事をご覧ください。
「「公平」の概念は、時代によって移り変わるものです。ジェンダー平等と科学の進展によって、スポーツの「公平性」に関する考え方やルールも変化していくのではないでしょうか。」
《記事2》
平和教育はもはや限界なのか 沖縄で起きている二つの問題